大判例

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札幌高等裁判所 昭和52年(ネ)244号 判決

控訴人

蛯子将雄

右訴訟代理人

大巻忠一

右訴訟復代理人

伊藤誠一

被控訴人

株式会社太陽

右代表者

佐藤愛子

右訴訟代理人

小村修平

外二名

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴会社の昭和四九年五月二七日開催(株主総会議事録上は同年六月一日開催)の臨時株主総会における、取締役蛯子将雄、同蛯子愛子をそれぞれ解任し、佐藤和美、佐藤ヒデ子をそれぞれ取締役に選任する旨の決議は存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一先ず控訴人が本件決議不存在の確認を求める訴の利益の有無について検討するに、被控訴会社の、昭和四九年五月二七日開催(株主総会議事録上は同年六月一日開催)の臨時株主総会(控訴人が右株主総会の開催日時について、上記のように主張を訂正し、右訂正について被控訴人は明らかに争はない。)において、取締役蛯子将雄、同蛯子愛子をそれぞれ解任し、佐藤和美、佐藤ヒデ子(佐藤ヒデの誤記と推認される。)をそれぞれ取締役に選任する旨の決議(本件決議)がなされ、商業登記簿に本件決議同旨の登記がなされていることは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によると、被控訴会社における取締役の任期は二年であり、佐藤和美は、昭和五〇年八月一二日被控訴会社の代表取締役を辞任し、同年九月二日その旨の登記がなされているが、佐藤ヒデ子は任期満了後の現在においても被控訴会社の取締役として登記簿に記載されていることが認められる。

してみれば、本件株主総会における本件決議によつて被控訴会社の取締役に選任されたものとして、被控訴会社の商業登記簿上佐藤ヒデ子が取締役として登記されている以上、控訴人は本件決議不存在の確認を求める利益がある。

二控訴人は、昭和四七年四月、被控訴会社設立に際して株主となり、代表取締役に就任したことは当事者間に争いがなく、また本件決議に基き、被控訴会社の商業登記簿上に右決議同旨の記載がなされていることは前認定のとおりであるところ、〈証拠〉によれば、被控訴会社は昭和四七年四月一二日設立登記をした、建築請負、設計等を業とする株式会社で、発行済株式の総数四〇〇〇株、資本金二〇〇万円であり、設立当初の取締役は控訴人のほか蛯子愛子(佐藤愛子)及び山田信一の三名であつたことが認められる。

三控訴人は、本件決議をしたという株主総会は開催されていないので、本件決議は存在しない、仮に、昭和四九年五月二七日ころ蛯子愛子、佐藤和美、佐藤ヒデらが集合して本件株主総会と称し、また被控訴会社の人事に関して本件決議をした事実があつたとしても、被控訴会社の代表取締役たる控訴人は右株主総会を招集したことはなく、右の協議があることも知らず出席もしていないのであるから、本件株主総会は招集権者でない者によつて招集されて、本件決議をしたものであつて、右決議は手続上の瑕疵の重大さのため不存在とみるべきであると主張するのに対し、被控訴人は、本件株主総会は当時被控訴会社の取締役であつた愛子が、同じく代表取締役であつた控訴人の委任もしくは了解のもとに被控訴会社の全株主及び全取締役に必要事項を口頭で通知して本件株主総会を開催し、本件決議がなされたものであると主張するので検討するに、〈証拠〉によれば、昭和四九年五月二七日午後被控訴会社事務室で、佐藤和美、佐藤ヒデ、佐藤愛子、山田信一らが集まつて、被控訴会社臨時株主総会が開かれ、本件決議同旨の内容の取りきめがなされ、同年六月一日付で議事録を作成したことが認められる。右各証言及び被控訴会社代表者本人尋問の結果中には、右株主総会に控訴人も出席した旨の供述部分もあるが、これらはいずれも原審及び当審における控訴人本人尋問の結果と対比してたやすく措信することができず、かえつて右控訴人人本人尋問の結果によれば、控訴人は本件株主総会に出席していないこと及び右株主総会は、当時被控訴会社の代表取締役であつた控訴人が招集したものではなく、取締役であつた愛子がみずからの判断のみに基いて招集したものであることが認められる。

当審における第一回被控訴会社代表者本人尋問において、愛子は控訴人と相談して本件株主総会を開催した旨供述するが、右供述部分は、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果に照らしてたやすく措信することはできず、他に本件株主総会の招集につき、愛子が控訴人の委任もしくは了解を得たことを認めるに足りる適確な証拠はない。

以上認定の事実によれば、本件株主総会は招集権のない愛子によつて招集されたことになり、手続上重大な瑕疵があるというべきである。

四被控訴会社は、本件株主総会招集当時、控訴人はその所有株式二〇〇〇株全部を和美に譲渡していたから被控訴会社の株主ではなく、右和美及び佐藤ヒデ両名のみが各二〇〇〇株を所有する株主であつたところ、本件株主総会については、その開催日時、場所、目的が開催の約二週間以前に前記株主両名及び全取締役に通知され、右株主総会には右両名が出席し、開催につき何らの異議もなく、満場一致で本件決議が成立したから、仮に本件株主総会招集手続に瑕疵があつたとしても、右瑕疵は治癒され、本件決議は有効であると主張するので、この点について検討する。

(一)  被控訴会社の設立当時の発行済株式の総数は四〇〇〇株で、そのうち控訴人が二〇〇〇株、愛子が二〇〇〇株を所有していたことは前認定のとおりであり、原審証人佐藤ヒデの証言によれば、愛子は佐藤ヒデから度々被控訴会社の運転資金を借りていたため、その見返りとして昭和四八年一〇月自分の所有する被控訴会社の株式二〇〇〇株を佐藤ヒデに譲渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  控訴人は被控訴会社の株式二〇〇〇株を所有し、同会社の代表取締役になつているが、右株式取得について何らの出資をしたことはなく、被控訴会社の経営についても、重要な事項はすべて愛子がみずからの責任において遂行し、控訴人は単にその一部を手伝つていたにすぎず同会社の実質的な経営者は愛子であつたことについての当裁判所の認定及び判断は、原判決の理由第二項(原判決四枚目表九行目から同五枚目裏六行目まで)記載のとおりであるからこれを引用する。当審における控訴人本人尋問の結果中には、控訴人も愛子と同様に被控訴会社の経営につき責任を果した旨の供述も存するが右供述部分は、当裁判所の引用する原判決挙示の証拠と対比して到底措信することはできず、他に右認定を覆えすに足りる適確な証拠はない。

(三)  控訴人所有の株式二〇〇〇株が和美に譲渡された旨の被控訴人の主張については、原審証人佐藤ヒデ、当審証人佐藤和美の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(当審分は第一、二回)中には、昭和四八年秋頃から被控訴会社の資金繰りが苦しくなり、昭和四八年一二月頃取引金融機関である函館信用金庫から新規融資を受ける必要があつたため、愛子は実兄の和美から、同人所有の不動産(建物二棟、土地一筆)につき右金庫のために根抵当権を設定したほか定期預金六〇〇万円を担保に供して貰い、被控訴会社は右金庫から新たに二〇〇〇万円の融資枠を得て、新規融資を受けたが、その際和美と控訴人との間において、被控訴会社が昭和四九年三月末日までに右融資を返済して右担保をすべて解放することができなかつたときは、被控訴会社の経営権を和美に譲ることとして、控訴人所有の株式二〇〇〇株を和美に譲渡する旨の合意が成立したが、被控訴会社は右期限に右約定を履行できなかつたので、控訴人の右株式はすべて和美が取得した旨の供述があり、また右供述を支持するかにみえる乙第一号証、第二号証の一、二も存在し、かつ乙第一号証中被控訴会社の代表取締役の押印部分の印影は正規の印章によるものであること及び控訴人個人の押印部分の印影は、控訴人の印章によるものであることは、当事者間に争いのないところである。

しかしながら、〈証拠〉によれば、控訴人は、右和美の函館信用金庫に対する担保提供と右金庫から被控訴会社に対する新規融資につき、相談にあづかつたことも関与したこともなく全く知らなかつたこと、従つて昭和四九年三月末日までに右和美の担保を解放できなかつたときは、控訴人がその所有する株式二〇〇〇株を和美に譲渡することを約したこともないこと、乙第一号証に使用されている控訴人の個人名義の印章は、荷物の受領等に使用するため被控訴会社に預けておいたものであつて、控訴人が右乙第一号証上に押印した事実はなく、また同号証の作成に関与したこともなく、更に事前にも事後にも同号証の作成を承諾したこともなく、右約定に合意したこともないことが認められるのであつて、上記認定に反する前記各証言及び被控訴会社代表者本人尋問の結果はたやすく措信することはできず、また乙第一号証をもつて控訴人との間に株式譲渡の約定が成立したことの証拠とすることはできず、乙第二号証の一、二も被控訴人の主張を認めるには足らず、他に右認定を覆えすに足りる適確な証拠はないのみならず、かえつて被控訴会社の実質的な経営者は愛子であり、控訴人は代表取締役となつていたが、単に愛子の一部手伝いをしていたに止まるものであることは前認定のとおりであり、しかも〈証拠〉を総合すると、被控訴会社は昭和四八年初め頃から資金繰りが困難な状況になり、愛子が右会社の経営に腐心しているにもかかわらず、控訴人は愛子の手助けをすることがなかつたのみならず、被控訴会社の資金調達については無責任な放言を繰り返えすのみであり、また右会社の金を無断使用して飲酒する等無責任な生活態度を続けていたため、愛子は控訴人に対し次第に不満をもつようになつたが、更に昭和四九年五、六月頃には、以上に加えて控訴人の暴力行為も原因となつて、夫婦仲も著しく悪くなつたため、愛子は控訴人に対し被控訴会社代表取締役を辞任することを望んでいたこと、また和美が担保に提供した定期預金のうち一〇〇万円は、一時的に愛子が調達して立替えたものであることが認められるところ、これらの事実は前記認定を補強するに足りるものである。

してみれば、控訴人は被控訴会社設立以来引続いて同会社の株式二〇〇〇株を所有する株主であるということができるから、本件株主総会開催当時の株主は、控訴人及び佐藤ヒデ両名のみであり、その持株数は各二〇〇〇株であるところ、右株主総会に控訴人は出席せず、佐藤ヒデのみが株主として出席したにとどまるものであることは、上記認定のとおりであるから、本件株主総会に全株主が出席したことを前提として、右総会招集手続上の瑕疵が治癒され、本件決議は全株主一致による決議として有効である旨の被控訴人の主張は、その前提を欠くものであつて採用することはできない。

五以上によれば、爾余の争点について判断するまでもなく、本件株主総会は招集権のない愛子によつて招集され、本件決議がなされているのであるから、その決議手続上の瑕疵は著しく、法律上決議が存在すると認められない場合に当ると解さざるを得ない。

そうすると控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は不当であつて本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条によつて原判決を取消したうえ本件請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を各適用し主文のとおり判決する。

(安達昌彦 渋川満 喜如嘉貢)

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